「極上の孤独 : 下重暁子」を読んでみた話

土曜日の朝7時30分からは「サワコの朝」を朝食を取りながらテレビで見るのが私のルーチンになっています。

今日(2019.6.8)の番組へのお客様は下重暁子(しもじゅうあきこ)さんでした。

恥ずかしながら、私はこの名前を知りませんでした。

でも、お顔を見たら見覚えがありました。むかしにNHKのアナウンサーだった人だったことをすぐに思いだしました。

年を重ねて現在80歳以上となるはずですが、若いころのお顔をすぐに思いだすことができるということは、あまり老けず若さを保っているということ、私が年取っているということ、それとも両方なんですかね。

阿川佐和子さんのインタビューで、下重さんは今までたくさんの本を書き、特に最近は人気作家になっていることを知ったんですね。

そして、下重さんの生い立ちの中で、偶然私の育ったと場所と共通点があること知り、どうでもいいことですが、変な近親感をもち彼女に興味を持ったわけです。

そして、どんな本を書いているのか知りたくなりました。

正直言って、TVでの印象はずけずけ自分の持論を言う、少し嫌味な裕福なおばあさんという感じで、少なくても私の好みの女性ではなかったですね。(そんな爺様の感想、どうでもいいことですね。)

ということで、今日は記事は「下重暁子さんの極上の孤独」を読んでみた話です。私の独り言にお付き合いしていただけたら幸いです。

1.下重さんのプロフィール

下重 暁子(しもじゅう あきこ、1936年5月29日 )は、日本の作家・評論家・エッセイスト。栃木県宇都宮市出身。元NHKアナウンサー、JKA会長。学位は文学士。

2.「極上の孤独」という本

この本は、元アナウンサーであり、現在は様々なジャンルの文筆活動を行う著者が語る孤独論です。

現代では「孤独=悪」だというイメージが強く、たとえば孤独死は「憐れだ」「ああはなりたくない」と一方的に忌み嫌われる。

さらに、最近は「ひきこもり=孤独=悪」というような誤解を招くような連鎖もイメージされますね。

しかし、それは少しおかしくないか。そもそも孤独でいるのは、まわりに自分を合わせるくらいなら一人でいるほうが何倍も愉しく充実しているからで、成熟した人間だけが到達できる境地でもあるとの考えもあります。

「集団の中でほんとうの自分でいることは難しい」「孤独を味わえるのは選ばれし人」「孤独を知らない人に品はない」「素敵な人はみな孤独」等々、一人をこよなく愛する著者が、孤独の効用を語り尽くしています。

淋しいとは一時の感情であり、孤独とはそれを突き抜けた、一人で生きる覚悟である。
孤独とは一人でいることではなくて、生きる姿勢なのでしょうね。


実は、途中で読むのを辞めてしまいました。

大変な人気になった本と聞いていたので読むのを楽しみにしていたのです。

でも、下重さんの極上の孤独は残念ながら私の心にすーと入らなかったのです。そう、内容の良い悪いの問題ではなく、単純にすーと入らないという感想になってしまいました。

そういうことってありますよね。

3.独り言

妻と二人きりの生活になって15年ほどが経っています。

私の子供達はもうすでにだいぶ前に独り立ちし、もはや私達を頼ることが少なくなっています。

子供達には親を頼らず自分の足で立ってほしいと願っていたにもかかわらず、実際そうなってくると寂しく、子供達が幼かったころ我が家のリビングで遊ぶ姿が目に浮かんだりもするわけですね。

私は知人たちと群れて一緒に長く過ごすのは面倒そうで嫌いですけれど、趣味の仲間も、近しい友もいます。

そしてなんといっても最愛の妻とは程良い距離間をもって一緒に生活しています。

それでも、たまに感じる感覚は、寂しさなのか、孤独なのか、それとも将来への不安なのか?

このような感覚を感じながらも、一人の時間を楽しみ、大切にし、何かを考え、少しでも自分の人生の肥やしにしていけたらと願っています。

私も妻も幸いにして、下重さんの本の内容とは関係なく、私たちなりの極上の孤独をすでに理解し実践しながら歳を重ねているところです。

 

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