水害被災のトラウマは3年経ってもまだ心も体も影響しています

豪雨被害が、毎日各地から報道されています。

「気が付いたときには、どうする事も出来なかった。」現地の人が言っていましたが、確かにその通りです。

かくいう私も経験者です。

 

 

●3年前の台風19号

3年前の台風19号で当時95歳だった妻の母親が当時一人で住んでいた家が被災しました。

それが切っ掛けで妻の母親は我が家に住むことになったのです。


その後一カ月以上毎日続いた被災した家の片づけ等々・・・。疲労困憊だった私は作業中に腰と背中を負傷し動く事が出来なくなり救急車で運ばれることになりました。

 

台風19号、床上浸水。家族の結束は頼もしい!という独り言

 

どうも、それ以来、大雨警報とか豪雨という言葉に対し異常なくらい敏感になりました。

これってトラウマになってしまったようですね。

 

 

●今日は奥日光戦場ヶ原で楽しいハイキングのはずでした。

奥日光へのバスに乗って、驚きました。

大雨の予想で、乗客はたった6名。

私にとっては、貸し切りバスのようでラッキー?でした。

しかし、

日光に近づいた時には雨が降り始め、奥日光に着いた時には強い雨。

さらに豪雨と雷の心配。大雨警戒レベル。

 

 

●ハイキングや山歩きを散策に変更

3年前の水害被災を経験していなかったら、これしきの大雨、ハイキングや山歩きは強行するに違いなかったでしょう。


結局、危険と判断し、戦場ヶ原のハイキングと山歩きは中止し、無難な奥日光の湯ノ湖周辺の散策に変更しました。確かに大雨の中で自然を楽しみながら歩いている人は皆無でしたがね。

 

途中、温泉の源泉近くの足湯に立ち寄ったのですが、林間学校に来ていた小学生達がいっぱいで入れず。

彼らにとっては、おそらくコロナの影響で久しぶりに実施された自然野外観察だったのでしょうが、大雨で足湯に・・・それはそれでも楽しそうにはしゃいでいましたがね。

 

途中でさらに強い大雨になり、避難したロッジの直ぐ近くでシカに遭遇。

 

ますます雨の勢いは強くなり、今回は散策もあきらめ帰途につきました。

なんとも、今日は残念な奥日光でしたが、安全第一ですからね。

 

今日も訪問していただきありがとうございました。

 

 

 

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こんにちは。 私は、孫たちから「なお父さん」と呼ばれている関東の地方都市住人です。 『なお父さんのblog65』:65歳からより豊かに生きるヒント (日々の楽しみ、お金、生活の知恵、親のケア、独り言、ブログ運営)を発信していきます。  それでは よろしくお願いします。